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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)439号 判決

昭和四一年(ネ)第四三九号事件被控訴人

同年(ネ)第四八八号事件控訴人

(以下単に第一審原告という)

森下作太郎

昭和四一年(ネ)第四三九号事件控訴人

同年(ネ)第四八八号事件被控訴人

(以下単に第一審被告という)

浦野光子

浦野傭三

浦野絢子

みぎ第一審被告三名訴訟代理人

黒田常助

小林多計士

木崎良平

主文

一、昭和四一年(ネ)第四八八号事件について

第一審原告の控訴を棄却する。

二、昭和四一年(ネ)第四三九号事件について

(一)原判決を次のとおり変更する。

(二)第一審被告らは第一審原告に対し金二〇万七、五九一円宛とこれに対する昭和三七年四月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(三)第一審原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を第一審原告のその一を第一審被告らの各負担とする。

四、この判決は主文二、(二)にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立て

(昭和四一年(ネ)第四三九号事件について)

一、第一審被告ら代理人ら

原判決中第一審被告らの敗訴部分を取り消す。

第一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

二、第一審原告

本件控訴を棄却する。

控訴費用は第一審被告らの負担とする。

(昭和四一年(ネ)第四八八号事件)

一、第一審原告

原判決中第一審原告の敗訴部分を取り消す。

第一審被告らは第一審原告に対し各金二八万九、一二一円とこれに対する昭和三七年四月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求める。

二、第一審被告ら代理人ら

本件控訴を棄却する。

控訴費用は第一審原告の負担とする。

第二、当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否

次に記載するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

(事実関係)(証拠関係)<省略>

理由

一第一審被告らの本案前の申立てについて。

(一)  第一審原告と浦野光治郎間の大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二四二号家屋明渡請求事件で、第一審原告は同人に対し「同人は第一審原告に対し、本件家屋の明渡しと、昭和二八年九月七日から昭和二九年三月末日まで一月金二、六二三円、同年四月一日から昭和三〇年三月末日まで一月金二、八三〇円、同年四月一日から明渡しずみまで一月金二、八七八円の割合による金員を支払え」との判決を求め、その請求原因として、第一審原告は本件家屋を所有しているが、その賃借人である訴外和田源三郎は、昭和二六年三月ころ、浦野光治郎に本件家屋を無断転貸したので、第一審原告は昭和二八年九月六日到達の書面で、和田源三郎に対し賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。浦野光治郎は、同月七日から本件家屋を不法占拠しているから、賃料相当の損害金の支払いを求めると主張したところ、同裁判所は、昭和三四年二月二六日、第一審原告全部勝訴の判決を言い渡した。この判決は、昭和三六年四月一七日、控訴の取下げによつて確定した。以上のことは、当事者間に争いがない。

(二)  浦野光治郎は昭和三五年六月一日死亡したので、その妻である第一審被告浦野光子、その養子である第一審被告浦野庸三、浦野絢子が、遺産相続によつて浦野光治郎の権利義務を承継したことは当事者間に争いがなく、前記のとおり控訴の取下げによつて確定した第一審判決の既判力の基準時は、昭和三四年二月二六日前であるから、第一審被告らのみぎ承継は、みぎ基準時以後になる。したがつて、第一審被告らは、民訴法二〇一条によつて、みぎ確定判決の効力を受けるわけである。

(三)  ところで、第一審原告の本件請求は、みぎと同一の基礎事実(ただし賃料相当損害金の額には差異がある。)にもとづき、これを不当利得として法律構成して主張していることは、第一審原告の主張自体から明らかである。

しかし、当裁判所は、不法行為による損害賠償請求権にもとづく訴訟上の請求と、不当利得返還請求権にもとづく訴訟上の請求とは、その訴訟物を異にし、前者の判決の既判力は後者に及ばないと解するものでその理由は次のとおりである。すなわち、不法行為は、被害者に生じた損失を加害者をして填補させ、在るべかりし財産状態を回復しようとする制度であるのに対し、不当利得は、利得者に生じた利得を剥奪して在るべき財産状態を招来させようとする制度で、ともに正義衡平の観念にもとづくとはいえ、その直接の目的は、一は損失填補であり、他は財産的価値移動の調整であるから、自ら両者の要件と効果は異なるとしなければならず、両請求権の併存を肯認するゆえんもここにある(大判大正九年六月二一日民録二六輯一〇二八頁、大判昭和六年四月二二日民集一〇巻二一七頁参照)。もつとも、最近これに反する見解がないでもない(新訴訟物理論からすれば、一個の請求しかないことになろう。)が、当裁判所は、みぎの理由から、この見解は採らない。

したがつて、第一審原告の本件不当利得返還請求は、さきの不法行為による損害賠償請求事件の判決の既判力の失権効を受けるわけでなく、適法としなければならない。

(四) しかし、このように請求権競合の立場に立つて、二個の紛争として処理することを是認しても、窮極的には、一回の弁済のみが実体法秩序によつて是認されることは勿論である。とはいつても、先に、不法行為による損害賠償請求の訴を提起して、勝訴の確定判決があると、後の不当利得返還請求の訴では、みぎ不法行為による損害賠償請求事件の確定判決によつて給付請求権が確定している範囲について、訴の利益を欠くとの原審の判断には左袒できない。請求権競合説をとつて、不法行為と不当利得と二個の紛争として処理することを是認する以上、それぞれについて、他と関連なしに判決がなされることを承認しなければならないのであつて、このことから招来する二重払いの危険は、執行の段階で、請求の異議の訴などを提起することによつて調整すれば足りる。

(五)  そうすると、第一審被告ら主張の本案前の申立ては採用に由ない。

二第一審被告らの主張の不当利得の補助性について。

不法行為と不当利得について請求権競合を認める限り、第一審被告らが主張するような補助性を採用して、本件不当利得返還請求を拒む理由にならないばかりか、第一審原告は、不法行為による損害賠償請求の確定判決による賠償額以上の利得が第一審被告らに生じたとして、これらの返還をも、本件不当利得返還訴訟で請求しているのであるから、第一審原告の本訴が、第一審被告らが主張するような不当利得の補助性を理由に主張自体失当となるいわれはない。

三本件家屋は第一審原告の所有であるところ、浦野光治郎は、昭和二八年九月七日から、その死亡した日である昭和三五年六月一日まで、同人の遺産相続人である第一審被告ら(第一審被告浦野光子は浦野光治郎の妻、そのほかの第一審被告らは、同人の養子)は、同月二日から昭和三六年三月三日まで、それぞれ本件家屋を占有使用したことは当事者間に争いがない。

四そこで第一審被告らの正権原の主張について判断する。

(一)  <省略>

(二)  第一審被告らが当審で主張する、大阪区裁判所昭和二一年(ハ)第五四号事件の第一審原告の訴訟代理人弁護士田中恒治が浦野光治郎と本件家屋について、裁判外の和解をする権限があると、浦野光治郎が信じるについて相当の理由があつたとの点について。

<証拠略>さきに認定した裁判外の和解をするに際し、第一審原告の代理人であつた田中恒治弁護士は、浦野光治郎の代理人であつた黒田常助弁護士に対し、第一審原告がみぎ和解をするについて異議のないことを明言し、当時第一審原告の不動産管理人として家賃の集金などをしていた第一審原告の姉むこ訴外柴田勘三郎は、みぎ田中弁護士と黒田弁護士との話合いに立ちあつたが、みぎ和解をするについて賛成の態度を示した。黒田弁護士は、これらのことから田中弁護士には、みぎ和解をするについて第一審原告から承諾をえ、その権限を与えられているものと考えた。それだからこそ、黒田弁護士は、約束どおり金一万五、〇〇〇円を田中弁護士に支払つたもので、みぎ訴訟は、昭和二三年二月一四日、両弁護士によつて、示談成立を理由に取り下げられたものであることが認められ<証拠略>る。

みぎ認定の事実からすると、浦野光治郎の代理人であつた黒田弁護士が、第一審原告の代理人田中弁護士において、みぎ和解をするについてその代理権があると信じるについて正当の理由があるとしなければならない。

なお、第一審原告は、浦野光治郎したがつて黒田弁護士が、そのように信じるについて過失があつたと主張している。

なるほど浦野光治郎は、田中弁護士の受任事件の相手方ではないから、浦野光治郎の代理人である黒田弁護士も、みぎ和解が当然田中弁護士の授権範囲内であると考えなかつたかも知れないが、弁護士は受任事件と関連のある事項について、しばしばその処理を委任者から授権されるものであり、前記認定の事実関係では、この点について黒田弁護士の過失をとがめることはできないし、ほかにこれを認めることができる証拠はないから、この主張は採用しない。

(三)  以上説示したところから明らかなように、浦野光治郎は、みぎ裁判外の和解により、その占有部分である階下のうち小笠原利次の占有部分をのぞくその余の階下部分の使用について、第一審原告の承諾があつたわけで、これは、第一審原告が適法な転借権を認めたものとしなければならない。

(四)  しかし、浦野光治郎は、昭和二六年に入つて、本件家屋のうち小笠原利次の占有部分をも占有使用したことははさきに認定したとおりであるが、これについて、第一審原告が承諾したり、あるいは、新たな賃貸借契約が締結されたことが認められる証拠はどこにもない。

そうすると、浦野光治郎が昭和二六年以後、小笠原利次の占有部分であつた本件家屋のうち二階全部と階下店舗部分の一部を占有使用するについて、第一審原告に対抗することのできる権原がなかつたことに帰着し、浦野光治郎は民法七〇四条の悪意の受益者としてその受けた利益を返還しなければならない。

その不法占拠部分の広さは次のようになる。

(1)  二階が八坪三合二勺(二七、五〇m2)であることは、第一審被告らが明らかに争わないから自白したものとみなす(もつとも、当審鑑定人田中淑夫の鑑定の結果(以下田中鑑定という)によると、課税台帳登録現況床面積は、二階が九坪二合(三勺三〇・五一m2)であるとし、原審鑑定人中村忠の鑑定の結果(以下中村鑑定という)によると、二階が一〇坪(三三・〇五m2)であるとしており、二階坪数は少くとも九坪二合三勺(三〇・五一m2)あるものと認められるが、第一審原告は、そのような主張をしないので、これらを採用することはできない。)。

(2)  小笠原利次が占有していた階下店舗の一部について、<証拠>によると、間口奥行きとも一間半(二、七二m2)であることが認められ、この認定に反する証拠はないから、それが二坪二合五勺(七、四三m2)になることは計算上明らかである。

(3)  以上の合計一〇坪五合七勺(三四・九四m2)がそれである。

五不当利得額について。

浦野光治郎は、昭和二八年九月七日からその死亡した日である昭和三五年六月一日まで、第一審被告らは、同月二日から本件家屋を明け渡した昭和三六年三月三日まで本件家屋のうち前記一〇坪五合七勺(三四、九四m2)の部分を第一審原告に無断で悪意で占有使用して賃料相当の利益をえ、第一審原告は同額の損失を被つたことになるから、第一審被告らは各相続分をも含め第一審原告に不当利得金の返還をしなければならない筋合である。

(一)  第一審被告らは、その額は統制賃料額によるべきであると主張しているが、この主張は失当である。その理由は、原判決一六枚目裏五行目の「本件家屋の」から、一七枚目表三行目の「よらない、」までと同一であるから、ここに引用する。

(二)(1)  第一審被告らが返還すべき利得は、適正賃料を基準にすることになるが、適正賃料額は、新規に賃貸する場合の賃料額によると解するのが相当である。そのわけは、本件のように、第一審被告らの先代および第一審被告らが第一審原告に無断で、みぎ部分を悪意で占有利用したため、第一審原告は、この部分を利用して利益を享受しうる可能性も奪われたわけで、このような場合には、返還すべき利得額は、新規の賃料によらないことには、この可能性をも含む利得を返還したことにならないからである。

(2)  成立に争いのない甲第二号証(荒木久一の鑑定書)および同第二一号証(川上佐一の鑑定書)は、他の鑑定の結果(中村鑑定、田中鑑定、成立に争いのない乙第三号証以下森島鑑定という)と比較し、余りにも高額すぎるから、採用できないし、森島鑑定は、田中鑑定より低い額を算出しているが、その計算の基礎と資料を明示していないため、その算出方法の正当性の批判にたえないから、これを採用するわけにいかない。

中村鑑定と田中鑑定とを対比すると、中村鑑定は、固定資産税などの租税を計算するのに、評価額および課税標準額によつていないため、この点で合理性が乏しい。したがつて、中村鑑定も採用しえない。

田中鑑定は、その基礎資料において、また計算方法において、適正、妥当であると認められるので、これを採用して計算することにする。

ただし、家屋の火災保険料として、一か年に金一、三九二円を算入しているが、その計算根拠が明らかでないから、これを除外する。

管理費(家賃集金人の手当てなど)として、土地の純賃料と家屋の純賃料などの和の五分としているが、第一審原告は本件家屋の附近に多くの貸家をもち、自分でこれらの賃料の集金をしていることは当裁判所に顕著な事実であるから、これを二分として計算するのが相当である。

そこで、これらを考慮して田中鑑定を基礎として新規賃料を計算すると次のとおりである。

(イ) 昭和二八年九月現在金一万六、九一一円(月額)

(ロ) 昭和二九年 年額金二〇万六、五六七円

(92,610円+4,810円)+(66,616円+4,944円+30,533円)+4,050円=206,567円

(ハ) 昭和三〇年 年額金二一万四、四八三円

(97,548円+6,020円)+(69,616円+4,864円+32,230円)+4,205円=214,483円

(ニ) 昭和三一年 年額金二二万二、三九六円

(103,105円+6,534円)+(69,616円+4,656円+34,125円)+4,360円=222,396円

(ホ) 昭和三二年 年額金二三万四、〇六七円

(112,366円+6,614円)+(69,616円+4,624円+36,258円)+4,589円=234,067円

(ヘ) 昭和三三年 年額金二五万五、四二六円

(130,888円+6,614円)+(69,616円+4,624円+38,676円)+5,008円=255,426円

(ト) 昭和三四年 年額金二八万七、四五〇円

(158,671円+7,753円)+(69,616円+4,336円+41,438円)+5,636円=287,450円

(チ) 昭和三五年 年額金三三万六、六七四円 月額金二万八、〇五六円

(203,742円×7,753円)+(69,616円+4,336円+44,626円)+6,601円=336,674円

336,674円×1/12=28,056円

したがつて、昭和二八年九月七日から昭和三六年三月三日までの本件家屋の新規賃料の合計は、金一八八万〇、一五一円になることは計算上明らかである。

(三)  このようにして算出された新規賃料のうち前述した一〇坪五合七勺に相当する金六二万二、七七四円が、第一審被告らが第一審原告に返還すべき利得額である。

これを、第一審被告の一人当りにすると、金二〇万七、五九一円あてとなる(これには、浦野光治郎が利得したもので、相続分に按分したものも含まれている。)。

六むすび

第一審原告に対し、第一審被告らは、みぎ金二〇万七、五九一円宛とこれに対する本件訴状が第一審被告らに送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三七年四月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

そうすると、第一審原告の控訴(昭和四一年(ネ)第四八八号事件)は失当であるが、第一審被告らの控訴(同年(ネ)第四三九号事件)は、みぎの限度で理由があり、これと異なる原判決は変更を免れない。

そこで、民訴法三八四条、三八六条、九六条、八八条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。(宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

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